Apr 14, 2009

サッカーユニフォームを購入して競技の観戦に行こう

サッカーは、日本のみならず世界中で愛されているスポーツです。サッカー観戦が好きな人なら、応援するチームのサッカーユニフォームを来て、試合の観戦に行く人もたくさんいるのではないかと思います。サッカーユニフォームは、スポーツ店で販売しています。かなり好きなチームのサッカーユニフォームが存在しない場合インターネット通信販売で購入することが推奨されます。
自分は主婦なのに一日中空いている時間はスポーツクラブでテニスをして汗をかきます。週刊スポーツクラブには、同じように、主婦の人々が集まっているので、非常に楽しいです。ただし中にいると体が生てしまうので、可能な限り移動しておきたいという気持ちで始めました。体力も維持できるため、非常にいいと思います。
 安来市伯太町上小竹にある「鷹入(たかいり)の滝」一帯で13日、鷹入の滝まつりが開かれた。地元住民らでつくる実行委員会が企画し、今年で23回目。子ども連れの家族らは金魚すくいや流しそうめん、ニジマスつかみなどを楽しんだほか、水に触れたり、水しぶきに耳を傾けながら涼んでいた。
 標高約700メートルの鷹入山の中腹にあり、本滝は高さ約10メートル。環境省の「平成の名水百選」にも入っている。
 この日、滝の上流では抹茶や茶菓子が振る舞われ、訪れた客は滝を眺めながら一服し足を休めた。松江市玉湯町から来た別所亜希子さん(43)は「ここに上がって来るまでは、思いのほかいい汗を流した。滝の近くはひんやりとして気持ちがいい」と話していた。【宮川佐知子】

8月14日朝刊

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 益田市などで活動するダンスチームがオリジナルのダンスを披露する夏の恒例イベント「いわみダンスプロジェクト」が13日、グラントワ(益田市有明町)の中庭特設ステージであり、市内の2チームで活動する幼稚園児〜50代の男女が残暑に負けない熱い踊りで観客を魅了した。
 今年で6回目。ダンス愛好家らでつくるサークル「INFINITY」(山根真寿美代表)と「M・Y・Z」(吉村京代表)の2チーム計93人が参加した。
 両チームとも、チームの代表がそれぞれ振りつけたジャズダンスやストーリー性のある演目を披露。また、今年は、劇団「四季」所属時代にミュージカル「キャッツ」に2500回出演するなど一線で活躍するダンサー、演出家、振付師の中尾弘隆さん演出のプログラム「SING SING SING」を、中尾さんの指導を受けた両チームのダンサーが合同で踊り、会場を盛り上げていた。【江田将宏】

8月14日朝刊

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 ◇西尾幸子さん(79)=松江市
 戦争体験を語り続けている西尾幸子さん(79)=松江市=は、広島市で生まれ育った。原爆が投下された時は安来に疎開してきており、被爆していない。しかし、多くの同級生を失った。
  ◇
 西尾さんは1932年広島市で生まれた。広島県立広島第一高等女学校(現県立広島皆実高校)に入学。ラジオから毎日のように空襲のニュースが伝えられ、呉市が燃え上がる様子も目撃した。「近く広島もやられる」といううわさが流れていた。
 1945年7月、母の強い希望で、母の実家の安来市に一人で疎開することになった。父、母、2歳年上の兄、そして同級生たちと離ればなれになると思うと、疎開はいやだった。母は末っ子だけでも生き延びさせたかったのだろう。母の気持ちに逆らえなかった。
  ◇
 疎開して約1カ月後、広島の家族が着の身着のままで転がり込んできて、広島の惨状を知らされた。原爆で家は半壊。爆心地から約700メートルの場所で作業していた同級生223人が亡くなった。そして8月15日、終戦。「島根に行ってもお手紙書くからね」。疎開の前日、幼なじみの同級生と交わした言葉を思い出した。
  ◇
 広島で青春時代を過ごした。23歳の時に島根の男性と結婚し、松江に移り住んだ。3人の子どもに恵まれ、平和な日々の中、子どもの寝顔を見ていた西尾さんはふと、原爆で亡くなった同級生たちのことが頭に浮かんだ。「子どもを失った親の気持ちはどんなものだろうか」。自分を疎開させた母の気持ちがしみじみ伝わってきた。「被爆はしていないけれど、戦争の悲惨さを伝えたい」と思った。
  ◇
 西尾さんは原爆関係の本を読んで勉強し、核兵器全面禁止を求める活動や、島根原発の建設反対運動に取り組んだ。「核による悲劇を再び生み出してはいけない」。その一心だった。
 今も小学校や公民館で、戦争や核兵器の悲惨さを伝え続けている。「命が木の葉のように焼かれ、虫けらのように葬られた」。西尾さんの話に、子どもや若い母親たちは静かに聞き入るという。
 福島第1原発事故は、西尾さんにとって大きなショックだった。「やはり原子力と人類は共存できない。日本人は恐ろしさを知っていたはずなのに。原子力で苦しむ人をこれ以上作り出してはいけない」と訴える。【目野創】=つづく

8月14日朝刊

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